昨年は、天気のせいで順延や中止が相次いだが今年は天候にも恵まれた。
上空は少しだけ風もあり、絶好の花火日和だ。
イベント時に飲食店が忙しいと言うものの花火などの外のイベントであればそこまでの忙しさでもない。天気の良い晴れた日に外で飲まずに店まで我慢する理由もない。
しかし、それでも花火大会の人混みが苦手な人や、終了後にもう少し飲みたい人がちらほら現れるのでお店はそれなりに忙しくなるわけだ。
ホールでは、今はまだ少し話をするくらいの余裕はある。
岡田が小林さんに謝っている。
「この前言いたくないようなことを言わせちゃってごめんね。あんまり話をしたことなかったし、色々と気になっちゃってつい。」
「大丈夫ですよ。隠そうとしてる訳でもないし、そこに負い目があるつもりもないですし。」
「そうなんだ。じゃあ地元出てから一度も帰ってないの?」
「はい。今回は親がどうしてもってことだったんで渋々と思っていたんですが、バイトに出れてよかったです。」
「えー、すごいなー。バイトに出れて良かったなんてそんな風に思えたことないや。」
「岡田さんこそ家族行事は大丈夫なんですか?」
「あ、あぁ、家族に話して僕だけ留守番になったよ。まぁでもやっぱり親友が困ってるのを見過ごせなくてさ。」
「男の友情ってやつですね。憧れるなぁ。」
岡田のにやけた顔をキッチンから見ているとわかりやすい嘘だなぁと思ったが助かったのは事実だ。後で礼を言っておこう。
店長がホールに入ってくる。
「2人とも無理を言って本当に申し訳ない。助かったよ。ありがとう!近いうちに飲みに行こうな。もちろんお礼も兼ねておれの奢りだ。」
ホールで小さく歓声が沸く。
「やった!とんでもないです。今日も頑張ります。」
「いえーい!いつにします?楽しみだなぁー!ごちになります!」
その日は想像通り少し遅めの時間からお客さんで賑わい2人が居てくれて本当に助かった。
だが、気がかりな事が1つだけある。
それは店長主催の飲み会のメンバーに僕は入っているのかどうかだ。
これは今後のモチベーションに関わる重大な話だ。
第3章「プレイバック」
ジョッキを傾けて、ビールを注ぐ。時折賑やかな店内にまで小さく響くドーンドーンと言う音が僕の夏の終わりを告げていた。
12月に入り、忘年会シーズンに突入するとそれまでとは比べものにならないくらいの忙しさに追われる。
連日、予約の電話が入り、その度に仕込みや仕入れを考え、店にいる時間はどんどん増えていく。
クリスマス前の街は浮かれたように赤と緑と白があふれ、イルミネーションの光が心にそっと明かりを灯す。
クリスマスツリーに飾られるオーナメントには一つ一つ意味が込められている。
ツリーの頂点の星は希望。りんごはエデンの園にあるという命の木の実。キャンディケインや靴下にだってちゃんと意味がある。
日本人の宗教の概念はどうなってるんだと思わなくもないが、その場その場を楽しめる口実になるなら別にそれでもいいなと思う。
楽しみたい人は楽しんで、祈りたい人は祈ればいい。それぞれの明日を願いながら。
店内では何組かのお客さんがハメを外さない程度の忘年会を開いていた。
お酒のこんな飲み方が好きだ。
辛い事もお酒の席の楽しさで明日の糧に変えればいい。お客さんの笑顔を見ているとこっちまで嬉しくなる。
「クリスマスなんか無くなればいいのに。人の幸せなんか見たくもない。みんな死ねばいいのに。」
「そんな事言ってるやつには幸せはこないんだろうな。」
岡田の愚痴を、軽くあしらいながら、注文されたビールとレバニラ炒めを手渡す。
「古谷はいいよな。あれからずっと小林さんと幸せそうだし。」
「くだらないこと言ってないで早く持ってけ。3番テーブル上がり。」
追加の餃子も焼きあがった。
へいへい。と、つまらなさそうに料理とビールを手に持ちテーブルは向かう。
無駄口は多いが岡田ももう先輩と呼ばれる立場になっている。仕事もそつなくこなしていた。
岡田から小林さんが彼氏がいるか聞いてほしいと言われて、そのうちそのうちと延ばし延ばしにしていたところ岡田の我慢の限界が訪れ、小林さんと休憩が被ったときに聞いたようだった。
彼女ははじめ口ごもったが、彼氏は居ないが気になってる人はいる。と答えたらしい。
彼女の様子から岡田はもしかして相手は自分かも知れないと思っていたようだが。
同じように僕も自分がその可能性があるんじゃないかと思っていた。
男はバカだなぁとも思うが、男だから仕方がない。
後日小林さんと閉店後の片付けをしていたとき、なんとなく聞いてみた。
「小林さん気になる人がいるんだって?」
「え?誰に聞いたんですか?え?岡田さん?もう。なんで古谷さんに言うかなぁ、、。」
「え?」
「え?あ、、すみません!お先に失礼します!」
耳まで真っ赤になった小林さんが見たこともない速さでお店を後にした。
え?
今のはなんだろう。
まぁ、なんだ、深く考えないようにしよう。
とは思っても頭の中でさっきのシーンがプレイバックを繰り返している。
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